三日目
3日目の朝、雲の切れ間からはやがて少しずつ日が差しはじめていた。
僕はこの日、離島桟橋へと向かった。
離島桟橋は石垣島と周りの大小さまざまな島とを結んでいる。
隣の船には「はてるま」の文字が見える。
日本で唯一南十字星が見えるという日本最南端の波照間島も手が届くところにあるらしい。

しかし僕は今回の目的、NHK朝の連ドラで「ちゅらさん」が運命の相手にミンサー織りのお守りを渡したという出会いの島「小浜島」と、永く八重山地方の文化的中心であったという「竹富島」、そしてイリオモテヤマネコで有名な西表島を目指した。
まずは西表島を訪れた。マングローブが生い茂るまさに亜熱帯の島だった。
僕は船で何本かの川をさかのぼり両岸に迫るマングローブ林をやり過ごしうジャングルのなんたるかを垣間見た。
もちろんアポは取っていなかったのでイリオモテヤマネコには会えなかった。

続いて訪れたのは前出「ちゅらさん」の小浜島である。
ちゅらさんは幼いころにこの島を訪れた運命の人「和也君」に必ず結婚しようと誓って
自分で織ったミンサー織りのお守りを渡し、小浜島の桟橋で二人は別れる。

テレビで映し出されたあの美しい風景がいま目の前に広がるのかと思うと僕ははやる気持ちを抑えることができなかった。
まずは昼食にと島最大のリゾートホテル「はいむるぶし」のダイニングを訪れる。
「はいむるぶし」とは空いちめんに群れる星といった意味らしい。
ダイニングからはガーデンプールが見え天候の回復を待ちきれないたくさんの人が
プールサイドでのんびりとしたときを過ごしていた。
島をあるくと僕はやっとちゅらさんと和也君が仲むつまじく学校に通ったシュガーロードにめぐり合った。
サトウキビ畑をはさむ一本道に寄り添いながら続くクラッシックなスタイルの電信柱が遠近感をさらに強調していた。
辺りに人影は見当たらず本当に時間が止まってるんじゃないかと思った。
人影はないけど南国花は振り子のように静かに揺れていた。
「時は流れているものを、刻むからこそムリもでる・・・」そんな歌が頭をかすめる。
ここでは時計ではなく花が時を刻んでいるのかもしれない。
そう、ここは南国琉球なのだ。嵐も雲も花も時間もすべてが琉球なのだ。
僕はやっと自分と島との距離感が調えられていくのを感じた。

つい先ほどから本格的に照り始めた南国の太陽は道の先にある海を
見たこともないような色に染め上げていた。
そばで同じ海を見つめていた幼い観光客がバスクリンがはいっているみたいだといった。
僕もまったく同感だった。
バスクリンをぶちまけた海から一艘の船が静かに沖を目指していった。
僕は小浜島を後にして、竹富島を訪れた。
星砂の海岸では嵐で大量の海草が打ち上げられていたが
よく目を凝らせば砂の中には無数の星がきらめいていた。
白いサンゴの道が島を縦横に走り観光客を乗せた水牛車がゆっくりと通り過ぎていった。
牛車の上では年老いた老人が三線を片手に渋い声で「安里屋ユンタ」を歌っていた。

ミンサー織りの工芸館からは織り機の乾いた音が聞こえてきた。
求愛に応えるミンサー織り、僕は其の音をしっかり頭に刻みこの島を後にした。
さて、ホテルに帰るとプールはやっと水でいっぱいになっていた。
天気はいまだぱっとせず、島巡りのあととあって時間はもうすっかり遅くなっていたが
僕はしぶきを上げてプールに飛び込んだ。
泳ぎ疲れてふと見た西の空は明日の快晴を予感させる夕焼けがゆっくりと暮れなずんでいた。
その夜美しい満月がひるがえる海面をきらきらと照らしていた。
ビギンの「イラヨイ月夜浜」の浜は僕が見たこの浜のことだと後で知った。

満月の夜、島の人々は三線と泡盛を抱え砂浜に集い朝まで唄い踊るらしい。

四日目
帰る当日島はやっと雲のベールを脱ぎその美しい姿を僕に見せてくれた。
僕は時を惜しむように夜明け前からビーチに出かけ生まれてくる朝を両の目に焼き付けた。
その朝はあまりにもまぶしく透明だった。
海は空の青さを吸収して真っ青に染まり
打ち寄せる波はどこまでもおだやかで透明だった。

僕はしばし時がたつのを忘れその透明な海と戯れた。
そうしているあいだも太陽はぐんぐんと昇り椰子の木は微動だにせず一身にその光をあびていた。
朝食をとりながら僕は降り注ぐ太陽にもう一度川平湾を訪れることを決意する。
飛行機の出発まであと3時間。
思いを残さないようにと僕は荷物を車に積みそこを目指した。
息を呑む美しさというものがあるのならそれはこんな美しさなのかもしれない。
究極のブルーという色があるのならそれはこんな色なのかもしれない。
無垢な白色があるのならそれはこの砂のようにけがれがないのかもしれない。
水は透明な岸からブルーな沖へとグラデーションし
ひるがえる波が白い砂と降り注ぐ光をうっとりするような調合でカクテルする。
沖のブルーは濃く深い。
それは僕がかつてイスラエルの死海でみた怖いほどに鮮やかなブルーだった。
人間はあまりにも美しいものには恐れを抱くのだという。
僕は恐る恐るではあるがそのブルーに限りなく近づくために船に乗った。
そして船上からとったそのブルーの写真を僕は「琉球リング」の背景として使っている。
僕が寄せる琉球への想いを満足に伝えられるほど
僕は言葉に堪能ではないので最後にこの写真を添えます。

島から帰って以来僕のそばにはいつも三線と泡盛があります。

もちろんリクエストがあれば島唄を歌うことも可能です。(多少の泡盛が必要です。)

どうぞ貴女も琉球リングでしあわせを指に灯してください。
そして、貴女を求める彼氏に言ってあげてください。
「いつの世もいっしょにいましょう・・・」と。
それが「求愛にこたえるミンサー織り」の意味なのです。